特許 令和5年(行ケ)第10053号「ペリクル膜、ペリクル枠体、ペリクル、その製造方法、露光原版、露光装置、半導体装置の製造方法」(知的財産高等裁判所 令和6年6月24日)
【事件概要】
新規性欠如、進歩性欠如、拡大先願に係る発明との同一性、の各取消理由により特許を取り消した異議決定が取り消された事例。
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【主な争点】
本件発明の「(1)『カーボンナノチューブ(CNT)シートの断面の制限視野電子線回折像において、前記カーボンナノチューブのバンドルの三角格子に由来する前記カーボンナノチューブシートの膜厚方向の、回折強度のピークとなる逆格子ベクトルにおける回折強度と、前記カーボンナノチューブシートの膜厚方向の前記ピークと重ならず、ベースラインとなる逆格子ベクトルにおける回折強度との差』を、『前記膜厚方向の前記ベースラインとなる逆格子ベクトルにおける前記カーボンナノチューブシートの面内方向の回折強度と、前記膜厚方向の回折強度のピークとなる逆格子ベクトルにおける前記カーボンナノチューブシートの面内方向の回折強度との差』で除した比RBが0.40以上である。」という条件式(RB0.4以上事項)を満たす露光用ペリクル膜が、引用文献又は先願明細書に開示されているといえるか否か。
【結論】
(ここでは、引用文献1に基づく新規性欠如の取消理由についての判示だけを示す。引用文献3に基づく進歩性欠如、拡大先願に係る発明との同一性、の各取消理由についての判断箇所でも同様の判断が示されている。)
本件決定の「RB0.4以上事項の有無に係る相違点は実質的な相違点ではない」旨の判断は、RBの値が、0.40以上では面内配向しており、0.40未満では面内配向していないことを表す旨の本件明細書等の記載(【0104】)から、本件発明1のRB0.4以上事項が、CNTのバンドルが面内配向していることを特定するものであり、引用発明1は面内配向しているものを想定しているから、RB0.4以上事項を満たすことになるとの理解に基づくものと解される。
しかし、本件発明1の特許請求の範囲に照らすと、CNTバンドルが面内配向しているという定性的構成(構成1C)と、RB0.4以上事項というパラメータによる定量的構成(構成1D)は独立の構成となっており、本件明細書の【0104】等の記載を踏まえても、引用発明1のCNTバンドルが面内配向の特性を有しているからといって、RB0.4以上事項を当然に満たすと判断することはできない。
被告は、通常の発想のもとで、通常の性状のSWCNT(単層カーボンナノチューブ)及び通常用いられるプロセスで製造された薄膜自立無秩序SWCNTシートであれば、膜厚、バンドル径及び自立性のいずれの観点においても、本件明細書等における比較例1よりは実施例1に相当程度似通っているといえる上、比較例1のRBの値(0.353)がRB0.4以上事項の下限である0.4に相当程度近いこと等を考慮すれば、比較例1よりも実施例1に相当程度似通っている薄膜自立無秩序SWCNTシートであれば、RB0.4以上事項を満たしている旨主張する。しかし、被告の主張する「通常の発想のもとで、通常の性状のSWCNT及び通常用いられるプロセスで製造された」との薄膜自立無秩序SWCNTシートの製造方法や、当該薄膜自立無秩序SWCNTシートの「膜厚、バンドル径及び自立性」について具体的に特定する主張立証はされておらず、したがって、「比較例1よりも実施例1に相当程度似通っている薄膜自立無秩序SWCNTシート」の内容も明らかではないというよりほかない。
【コメント】
特許・実用新案審査ハンドブックの3219には「機能、特性等の記載により引用発明との対比が困難であり、厳密な対比をすることができない場合」について、「審査官が、両者が同じ物であるとの一応の合理的な疑いを抱いた場合には、その他の部分に相違がない限り、新規性を有しない旨の拒絶理由通知をする。」、「審査官は、出願人の反論、釈明が抽象的あるいは一般的なものである等により、新規性に関する一応の合理的な疑いが解消せず、請求項に係る発明が新規性を有していない心証を得ている場合には、拒絶査定をする。」との記載がある。本件の異議決定は、この審査ハンドブックの考え方に沿ったもののようにも見えるが、新規性欠如を基礎付ける事実についての立証責任が特許庁側にあることを考慮すると、本判決の判断は妥当に思われる。追試能力を有しない特許庁には本件のような特性の記載を含んだ発明の新規性を直接否定し得る証拠を提示することは困難と思われるので、そのような発明の新規性を否定できるか否かは、異議申立人や無効審判請求人が追試結果などを提示することが鍵になるように思われる。